高山かるた

高山かるた巡り「つ」杖をだに重しと詠めるなぎなた坂

ブゲン
どうもブゲンです!高山かるた巡りやっていくよ♪
ブゲン
今回紹介する札は「つ」の札だよ!
ふく老師
なぎなた坂というのが高山村にはあるのかい…?
ブゲン
そうみたいだよ!
ブゲン
今みたいに道路が整備されていなかった時に、ここを通ったある人物が詠んだ歌があるんだ!
ふく老師
そうなんじゃな…
ブゲン
さっそく調べていこう♪

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なぎなた坂

高山村には、他のかるたでも紹介した三国街道があります。

「か」街道のあかし本陣跡~高山かるた巡り~歴史コース②

今回紹介する坂にも、三国街道の看板が立てられていました。

参勤交代の際に利用された中山宿などの宿場も、高山村には多くありました。

現在の渋川市から高山村にかけての、県道36号線にある坂となっています。

ぐんま天文台やキャンプ場、牧場へと続く道がつながっています。

写真からも伝わると思いますが、結構急な坂となっています…

歌碑

坂を上りきった辺りに、写真のような歌碑が建てられています。

この歌碑が「つ」の札に選ばれているのです。

これらが建てられた理由を見てみましょう。

 聖護院門跡・廻国雑記の著者道興准后(1430~1501)が文明18年(1486)6月16日に薙刀坂に於いて詠んだ和歌で「杖をだに重しといとふ山超えて薙刀坂を手振にぞ行く」歌意は「杖でさえも重いと嫌がりながら登ってきた山をようやく超えて、今度はここ薙刀坂を手ぶらで下っていく」とほっとした様子が直観的に感じられる歌で、この後鎌倉へと歩んで行った。
引用元:高山かるた/つ

ブゲン
聖護院門跡(しょうごいんもんぜき)…?道興准后(どうこうじゅごう)…?
ふく老師
聖護院は修験道のお寺じゃな…
ふく老師
道興准后は室町時代の、聖護院の僧侶のことじゃ…
ブゲン
へ~!じゃあ修行の最中に通りかかったってことなの?
ふく老師
うーむ…ちょっと違うんじゃが…聖護院のお寺を巡っている時に通ったんじゃ…
ふく老師
もちろん理由は色々あるんじゃが…たくさんの国を巡り、後に「廻国雑記」というものを書いているんじゃ…
ブゲン
なるほどね!僧侶の人って体力があるイメージだけど、そんな人でも歌に残すくらい大変な坂だったんだね…
ふく老師
ほんとじゃのぉ…ブゲンも実際に歩いてみたらどうじゃ…?

ブゲン
う、うん!こんどね!


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  • この記事を書いた人

ブゲン

食べることと群馬の郷土かるたが好きなブロガー。好きな食べ物は「餃子」好きな上毛かるたの札は「よ」 かるたが繋いだご縁で光GENJIの佐藤寛之氏とラジオ共演を果たし、ライブイベントでは司会や補助を頼まれたことも…。自分には無縁と思われた世界を知り、戸惑いもあったがやれば出来ると自信に繋がる。つまり何が言いたいかというと、かるたって人と人を繋げる不思議な魅力がある♪

-高山かるた

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