どうもブゲンです!
沼田かるた巡りの旅、今回は「ほ」の札を紹介していきます。
人物札となる「ほ」の札ですが…
~細谷浅松 初代の市長~
こちらの人物が沼田市の発展にどのような形で貢献したのか…
調べていきましょう♪
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細谷浅松
細谷浅松(ほそや あさまつ)は、明治18年2月15日に誕生しました。
昭和45年4月30日、85歳でこの世を去るまで、沼田市の発展に多大な貢献をされた方です。
昭和29年の合併まで、当時の沼田は、「沼田町」「利南村」「池田村」「薄根村」「川田村」の1町4ヶ村となっていました。
平成17年2月に、白沢村と利根村も合併して、現在の沼田市になっています。
浅松は、沼田町の議会議員をつとめた後、大正12年に同町の町長になります。
さらに、同14年に上水道を完成させます。
昭和29年に1町4ヶ村が合併し、沼田市が誕生しました。
浅松は水道事業の発展など、沼田百年の計を立て、初代沼田市長に就任することとなるのです。
その人柄は、信念一徹・清廉潔白・人情味に溢れていたと言われています。
沼田市役所の入口には、浅松の銅像が建てられています。
なぜここまで浅松が称えられているか、初代市長という理由だけではありません。
元々、沼田台地は水源の確保が難しく、その苦労は戦国時代、沼田氏がこの土地を治めていた頃からあったようです。
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そういった、水の問題に積極的に取り組んでいた所も、現在まで語り継がれる所以でしょう。
沼田市名誉市民
こういった多大な功績から、細谷浅松は沼田市名誉市民に選ばれています。
現在まで、7名の方が名誉市民となっています。
県内各都市に先駆けて、上水道を完成させた手腕は、各方面から高く評価されたようです。
市民のことを第一に思い、行動していた人物なのかもしれませんね。
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