川場かるた

川場かるた巡り「つ」罪を背負って名主黙雷

ブゲン
どうもブゲンです!今回の川場かるた巡りは「つ」の札を紹介するよ♪
こんな感じの絵札を上毛かるたでも見たような…
ふく老師
ブゲン
上毛かるたの「て」とか「ぬ」に似ているよね!
どちらの絵札も夜で、月も描かれておったのぉ…
ふく老師
して、今回の川場かるた「つ」に書かれておる名主黙雷とは何者なんじゃ…?
ふく老師
ブゲン
詳しくはこれから紹介するけど、名主と黙雷は別なんだよ〜!
そうなのかい…!てっきり氏名じゃと思っておった…
ふく老師
ブゲン
じゃあさっそく行ってみよう〜♪

川場かるたについてはこちら↓

川場かるた
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札の解説

ブゲン
まずは札に書かれている解説を見ていこう〜♪

湯原の名主であった今井黙雷(本名:五兵衛)は、天保の飢饉(1832~1836)のとき、禁制だった郷倉を開いて米を村人に分け与えて助け、自分はその罪をきてお仕置を受ける覚悟でいましたが、助けられた村人たちのすすめで、名を杢平(もくへえ)と変え今の吾妻郡のほうへ身を隠していたそうです。

ブゲン
湯原っていうのは川場村湯原地区のことだね。武尊山のほうまでが湯原になるよ!
ブゲン
名主っていうのは今でいうところの町長や村長になるね!
ブゲン
郷倉は、年貢米などを献上するまでの間、保管しておく倉庫のことだよ!
ブゲン
今井黙雷が生きた江戸時代、この地域は幕府直轄の代官や町奉行が支配していたんだ!
ブゲン
黙雷は村人の代表のような形で公務を取り仕切っていたそうだよ!
それだけ、幕府や村民からの信頼があったんじゃな…
ふく老師
天保の飢饉とは、天候不順が数年続いたことで凶作が続き、餓死者が出てしまった出来事じゃな…
ふく老師
ブゲン
黙雷が名主を務める湯原も例外ではなくて、凶作によって食べるものが無い村人が続出したんだろうね…
ブゲン
それで、禁止されていた郷倉を勝手に開けて、年貢米を村人に分け与えてしまったということみたい!
ううむ…自分のことは顧みず、村人たちのために規則を破ってしまったんじゃな…
ふく老師
ブゲン
スゴい人だよね!かるた看板があるところに行ってみようよ♪
そうじゃな…
ふく老師

今井黙雷

ブゲン
かるた看板は県道64号線沿いにあって、「川場温泉センターいこいの湯」が近くにあったよ!

ブゲン
来てみたけど、周りには何も無いね…
看板の後ろは空き地が広がっておるしのぉ…
ふく老師
ブゲン
この地域の人にとっては命の恩人のような人だったと思うから、もう少し何か残っているかと思ったけど…
まさか、後ろの方に見える倉が郷倉かのぉ…?
ふく老師
ブゲン
どうだろうね!空き地になってるところに建ってたかもしれないよね♪
黙雷についての情報も少ないようじゃ。詳しい者が見ていたら教えてほしいのぉ…
ふく老師
ブゲン
ぜひお願いします♪

アクセス

今回紹介した「つ」の札は地図に掲載されていません。

役場の方から県道64号線を武尊山の方に向かって直進していくと、道路沿いの右手に看板が立っています。

  • この記事を書いた人

ブゲン

食べることと群馬の郷土かるたが好きなブロガー。好きな食べ物は「餃子」好きな上毛かるたの札は「よ」 かるたが繋いだご縁で光GENJIの佐藤寛之氏とラジオ共演を果たし、ライブイベントでは司会や補助を頼まれたことも…。自分には無縁と思われた世界を知り、戸惑いもあったがやれば出来ると自信に繋がる。つまり何が言いたいかというと、かるたって人と人を繋げる不思議な魅力がある♪

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