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たまむら歌留多

「い」石垣に面影残す川井城~たまむら歌留多巡りの旅~

投稿日:

ブゲン
どうもブゲンです!たまむら歌留多巡りやっていくよ♪
ふく老師
今回はどの札を紹介してくれるんじゃ…?
ブゲン
今回紹介する札は「い」の札だよ!
ブゲン
石垣に面影残す川井城っていう札なんだ!
ふく老師
お城に関する札かのぉ…
ブゲン
そうみたいだよ!さっそく調べていこう♪

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川井城址

現在、川井城というお城は残っていません。

代わりに、八千矛神社が建っており、摩利支天を祀っています。

近くには烏川が流れ、当時は川を挟んで2つお城があったそうです。

それが、川井城と金久保城です。

北条家の城として、斉藤定盛とその弟基盛が2つの城を任されていました。

川井城は支城とされていて、本城を守るための補助的役割を担っていたようです。

神社をぐるっと見回してみると面白い光景を目にしました。

神社の屋根と木が接触しているのです。

これは木の成長過程で、屋根とぶつかってしまったために見られる光景です。

写真でも伝わると思いますが、木が若干斜めに伸びています。

歴史

それでは川井城についての歴史を見ていきましょう。

 川井城は別名霞城とよばれ、烏川対岸の金久保城主斉藤定盛の支城で、弟基盛が在城し北条氏直に属していました。しかし、天正十年神流川合戦で滝川一益に攻め落とされました。その跡地に「摩利支天様」が祀られ、明治期に八千矛神社となりました。現在の摩利支天のある高台は、当時の本郭の櫓台跡といわれています。
引用元:たまむら歌留多/い
ブゲン
この神社がある場所は、昔は櫓台があった場所なんだね!
ふく老師
川井城の防御に欠かせない場所だったんじゃな…
ブゲン
織田家の家臣滝川一益との神流川合戦で、城は落とされてしまったんだね…
ブゲン
その滝川一益が軍配を振るった場所は「軍配山」として今も残っているんだ!
ブゲン
札もあるから、今度はそっちを紹介するね♪

ふく老師
楽しみじゃのぉ…


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